上海がちょうテニスサークルの日記

上海の日本人テニスサークルの活動と、上海での日常生活をお伝えするブログです。

8月27,28日定期練習【+今週のうつぼ】

💣BOMB!!。。。久し振りにこの名前を聞きました。爆発です。何でしょうか?8月27日の練習後の食事の席で出た名前です。

そう、1980年台半ば、現おじさん世代が学生の頃に良く読まれていたグラビア雑誌の名前です。石畑さんが菊池桃子のファンだった(約5歳年上の写写丸世代は聖子ちゃんや知世ちゃんの時代でした。)、というところからよく彼女のグラビアが掲載されていた雑誌の名前として、懐かしいなあーと話題が出たのです。

って言うか、今も発行されているんですね!!BOMB!!💣

 

では8月27日の練習の様子から。

今回も球出し練習から開始!

今日も快調な宮爺

新メンバーの原田さんも頑張りました。

寺澤さんもこの通り。

そして、、余裕です。

先週は原田さんに釣り上げられた石畑さんもホラ。ちょっと手振れしてますが。。

しかしやはり疲れました。

今回は2面で8人。でも休憩しようと決して言わない本日の練習リーダーであるがちょう最高齢メンバーの高松さん。凄い!!

負ける訳にはいきません!めんそーれ伊波です。

もう疲れた、、と言いながらも八幡さんはサーブをぶちかまします!

しかしその後に悲劇が。。。でも大丈夫、この後奇跡の復活を遂げ、最後まで練習をやり遂げました。(この状況に至った、石畑さんのジョコビッチ並みのサーブ(自称)については真偽は不明です。)

写写丸も隔離明け久し振りのテニスで転倒する一幕もありましたが、皆元気に練習終了❣

そして、翌日の飛行機で帰任される日比野さんが夕食に飛び入り参加されました。これは嬉しいハプニングでした💛(「今生の別れ」とは言わないで下さいね、日比野さん。)

お次は8月28日(日)の練習です。

この日は中国人コーチに指導をお願いしました。お、この女性がコーチなのかな?と写写丸は思いましたが、足元が違いました。。

コーチ(一番奥)にも入ってもらってウォーミングアップ開始。

そして球出し練習から個人単位でのレッスンが始まります。

打つ足立君。それをじっと見つめるコーチ。

そこでアドバイス

この日は練習に通訳にと大忙しの久野さん。

しっかりアドバイスを受けます。

見られてると緊張するんですよね。

「的確な指導でした」とのジミー談。

これは大藤さんのバックボレー

皆、アドバイスが中々理解出来ません。。。

で、「コーチ、見本をお願いします!」。球を打つタイミングは、打ってから足を踏み込む。こうすればしっかり重い球が打てる、と。なるほど。

横にカットするのでは無い、ラケットを前に押し出せ、と。

サーブのアドバイスも。ただ写写丸のサーブにはコーチも思わず苦笑い。。。💣BOMB!!

皆しっかりアドバイスをもらいましたよ。来週からこれを活かします!

【がちょう日本便り(番外編)】

先日の一時帰国時、写写丸PCR検査クリニックの近くにある、関西のテニスの殿堂うつぼテニスセンター(大阪市西区)に初めて立ち寄りました。

その直後です。やはり一時帰国中の時松さんから、がちょうOBの息子さんがテニスの全国大会で勝ち残り、ここで試合があるので見学したとの報告が。凄いパワーです。若いいってイイナ💛

ところで、うつぼテニスセンターは靭(うつぼ)公園の中にあるのですが、昔から「うつぼって何?」と思っていました。海に住むウツボの事かな?なんて漠然と思った事も。でも海に住むウツボは「鱓」と書くのだと今回知りました。。。

『靭』というのは別名『矢巣(やす)』と言い、矢をいれる道具だそうです。昔この辺りに魚市場があり、通りかかった豊臣秀吉が『やすいやすい』と商売人が魚を売っていたのをみて、洒落で『やすとは靭(矢巣)のことだ』と言ったのが由来なのだそうですよ。

腰につけているのが靭です。

そう言えば、食虫植物のウツボカヅラの名前は絶対「靭」から来ているな、とハッと気が付きました。早速お馴染みのWikipediaを調べたのですが、和名の由来については記載がありませんでした。。。これは大発見❓

がちょうテニスサークルは上海、虹橋地区、天山路水城路の仁恒河浜花園というマンションの敷地内のコートで土日に練習をしている十数名のこじんまりとしたテニスサークルです。ご関心のある方はご見学に来られては如何でしょうか?
メールアドレス;gacho_shanghai@yahoo.co.jp