上海がちょうテニスサークルの日記

上海の日本人テニスサークルの活動と、上海での日常生活をお伝えするブログです。

2024年2月4日〜がちょう旅行『南京日帰り旅行』〜

 

どうも、がちょう🦢です。

 

がちょうはテニスサークルですが、テニス以外にも色々と皆でイベントを考えて楽しんでいます。

 

がちょう旅行企画室主催の南京日帰り旅行」の模様をお届け

 

そもそも旅行企画室の発足は、遡ること7月某日深野部長の提案で始まりました。

 

テニスとゴルフに忙しく(仕事は?)、なんだかんだ先送りになっていましたが、ようやく第一弾の開催に至りました。👏👏👏 

 

参加者は5人。上海虹桥站に集合して、いざ出発です。今回はガイドさんからの豆知識も交えてお送りしますよ。

 

春运春節国民大移動)はすでに始まっており、ご覧の大混雑です。 

 

遅延の列車もちらほら。行きは復興号(G598)南京南駅まで1時間の旅です。

 

南京南駅でガイドさんと待ち合わせて、最初の目的地に移動。移動の車中で早速ガイド頂きます。南京市は江蘇省省都で、経済的にも発展してきましたが、近年蘇州市抜かれてしまい現在は江蘇省で2番目の経済都市とのこと。ちなみに南京南駅は、中国最大の駅という豆知識も。ガイド付きは良いですね。勉強になります。

 

途中渋滞はあったものの、最初の目的地侵華日軍南京大屠殺遭難同胞紀念館へ到着。
(ここだけはまじめで。撮影禁止のため写真も無し

 

中国ではすでに休みに入っていることもあり、展示室はどこも混んでいました。展示内容は各省博物館にある展示内容を丁寧にした感じでほぼすべての展示に日本語訳があり、今まで以上に理解が深まります。大虐殺が行われた現場の発掘はすでに完了しており、記念館は現場のうちの1つに建てられております。展示室の先には遺体の発掘現場がそのまま残っており、折り重なる白骨死体(実物)とその解説(頭部を撃ち抜かれた跡など)に言葉も出ません

 

次のスポットは、夫子庙という步行街。

夫子庙の「夫子」というのは孔子のことで、夫子庙では孔子が祀られております。

ここには一度に三万人が受験できる中華最大級の科挙試験場があり、受験生が通った龍門は、登竜門の語源となったと言われています諸説あります)

 

それにしても腹がすきました。

 

 

減量中のボクサーかいっ‼️

 

 

ガイドさんが牛肉饺子も有名ですよというので、夫子庙最初に目に入った店に突入。

 

最初はガラガラだったけど、すぐに満席に。いい店を引き当てました。

 

牛肉锅贴

鸭血粉丝汤

 

腹も膨れたので、いざ科挙博物館へ。

奥にあるのは当時のまま唯一残っている建造物

 

ガイドの話に耳を傾ける中、ひっそりとボケる関西人。

 

 

これ全部竹の書簡です。建物の4面、4階まで囲まれてます。

 

科挙(科目による選挙の意)試験は3年に一回行われる超難関試験で合格すると国家公務員として徴用されます。

科挙試験のトップ20名が受けることができる最終段階試験「殿試:皇帝臨席試験」でベストスリーのトップが「状元」と言い2位「榜眼」3位「探花」とよばれ、巨大な官僚機構の頂点に立てる将来を約束され,一族の栄誉ともされました。

 

トップスリーだけがもらえる証書

 

科挙博物館は、勉強は身を助けるということを感じることができる、受験生を抱える家族にはお勧めの穴場スポットでした。

 

次は中山陵。ここは中国革命の父中華民国臨時大総統中国国民党総理である孫文陵墓です

 

孫文は日本亡命時代には東京府日比谷公園付近に住んでいた時期がありました。公園の界隈に「中山」という邸宅があり、その門の表札の字が気に入り、日本滞在中は「中山 樵(なかやま きこり)」を名乗っていました

中国語圏では孫文よりも日本名の中山 樵(なかやまきこり)をとった孫 中山(そん ちゅうざん)の名称が一般的であり、孫中山先生と呼ばれています。

 

お墓の下で。これから登ります。

青い瓦と白い壁は、国民党の党旗でもある青天白日を表しています。

 

とにかく寒い。樹氷みたい。

 

お墓の上から。雪の日だけの特別な景色。

 

次は明孝陵。明の太祖洪武帝朱元璋と后妃の陵墓世界遺産の明・清王朝の皇帝墓群の中で、2003年に登録された世界遺産の一つです。

 

この時代では、先帝の陵墓の大きさを超えてはいけないというルールがあるらしく、さすが初代皇帝の陵墓、とても大きいです。この山一帯陵墓ですその隣には若くして病死した朱元璋の長男の陵墓があります(明东陵敷地内には三国志でおなじみ孫権のお墓がもともとあったため、直線の参道が作れず、ここは中国で唯一参道が直線ではない陵墓となっています。

 

朱元璋は、貧農から身を起こし、明の初代皇帝となった人物です。生前に親孝行ができなかったことから、死後にでも親孝行をしたいという思いを込め、明孝陵命名しました。

 

朱元璋の没後は孫が皇位を継ぎましたが、朱元璋の四子朱棣帝位を奪い、北京紫禁城に遷都したため、3代目皇帝以降の陵墓は、北京にある明の十三陵となります。

 

朱元璋肖像画はいろいろありますが、この顔が本物に近いと言われています。

 

さて、全ての観光が終わり南京駅へ。

高鉄を待つ間、コンビニで買ったビールとお菓子で打ち上げ。注文していない私たちに快く座席を提供してくれた永和大王に感謝です。オイコラッ!!

 

帰りは南京駅から上海駅への和谐号で2時間弱の移動となります。多少の遅延はありましたが、無事帰宅できました。

 

さて、次はどこの世界遺産に行きましょうかwww。

 

今週はここまで、またねー(^^)/~~~

 

がちょうテニスサークルは上海、虹橋地区、天山路水城路の仁恒河浜花園というマンションの敷地内のコートで土日に練習をしているテニスサー

クルです。ご関心のある方はご見学に来られては如何でしょうか?
メールアドレス;gacho_shanghai@yahoo.co.jp

 

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